趣味にお金を使いすぎカードローン地獄に

アイドルグループ私は中学生の頃からとあるアイドルグループが好きで、中学校、高校の時はお小遣いを貯めてコンサートに行っていました。専門学校に入学後はコンサートに行くための費用を捻出するためにアルバイトを始めました。アルバイトを始めるとまとまった金額がもらえる為、私の金銭感覚はどんどん麻痺ていきました。

もっとコンサートに行きたいと思うようになり始めた時期に、友達と出かけたデパートで進められるままクレジットカードを作ってしまいました。そのカードには20万円までのキャッシングがついていました。ちょうどその頃、コンサートツアーの真っ最中でアルバイト代だけでは足りないチケット代をキャッシングから引き出し使用してしまいました。

当時の私は、コンサートは今月までだし、来月のアルバイト代で返したら大丈夫と思っていました。しかし、思えばそれが間違いでした。それからはアルバイト代が底をつけばカードでキャッシングする生活を続け、気がつけば限度額いっぱいまで借りてしまっていました。

当然アルバイト代は全てキャッシング返済に消えて、足りない分は友達に借りたり、新たに別にカードを作成しそこからキャッシングして返済にまわしたりしていました。そのままなんとかやり過ごし、社会人になって初めてのボーナスでやっと全額返済出来ました。

返済後に、クレジットカードは全て解約しました。今思えば非常に無計画な事をしたと反省の気持ちしかありませんが、学生のうちにお金の大切さと恐さを知れたおかげで今はお金には非常に堅実な生活を送れています。

母は子供の為なら無理でも奮闘するのです

勉強する女子学生独身の時は多少お金に困っても、自分を抑制したりして我慢をすれば、何とかなった様に思いますが、家族子供が出来るとなかなかそうはいきません。これが欲しいあれが欲しいと子供はよく言います。周りの人達もみんな持ってるからとも言います。

完璧にそれって自分が欲しいだけで我がままでしょうと思う時は、他所は他所で、家は家と言いますが、塾に行きたいや進学などとなって来ますと金額も大きいですし、将来が掛って来るので大変です。希望するところに行かせてあげたいと思うのは、私だけに限らず世の親御さんの大半が思うところではないでしょうか。

普通に共働きでフルパートで働いても、家のローンも有ったり結構ギリギリです。そんな時、パートで働いていた会社と家の間(通勤途中の道沿い)にスーパーが出来たのです。これに応募して働く事にしました。(Wワーク)今考えると結構無茶だった様にも思いますが、必死でした。月5~6万円位になり、塾代につぎ込みました。

結局一年半ほどで辞めましたが、寒くて雨とか降る時も自転車で塾にせっせと通って頑張っていたので、逆に収穫も一杯有ったのではと思っています。Wワークに対しては、フルパートで働いていた会社の数人から、誹謗中傷(両方キチンとなんて出来ない、いい加減にやってるなら会社辞めろ)を言っている人も居ましたが、それも含めて良い経験が出来たと思います。

残高857円?!人生最大の金欠

家計簿みてため息の女性その年は行事が見事に重なり、家計は火の車、人生最大ピンチに陥りました。

まず最初は次女の出産がありました。出産費用はもちろんですが、長女の出産時と全く違う気候でしたので洋服などおさがりが使えませんでした。

次に引っ越し、大阪から愛知県に引っ越しして50万ほどかかりました。そして引っ越し先は車がないと不便な場所でした。元々一台は持っていましたが主人の通勤で使うので一台購入する事になり、100万ほどでなぜか一括購入。

次はお義兄さんが結婚するとの事でご祝儀を10万出しました。しかも東京での結婚式でしたので家族でそちらへ向かう交通費も結構かかりました。

さらに引越してきた所は雪も良く降るようで、スタットレスタイヤに変えた方がいいとのこと。ディーラーへ持っていき20万ほどかかりました。このあたりで貯金もかなり崩しており、マズイなと思っていたのに関わらず、なぜかマイホーム計画が急に進み、ちょうど欲しいと思っていた物件を少し安く購入できるとのことで購入することに。

頭金300万を現金で支払い、その時の残高が857円でした。一年で500万以上の出費で家計は最大のピンチ、もやしばかり食べていました。今は少し回復しましたがまだまだ道のりは長そうです。

子どもが入学時に、毎回体調を崩す夫

入院してベッドに寝る男性子供が入学を控えている冬になると、必ずと言っていいほど、仕事中にわりと回復に時間のかかる怪我をしてくる夫。平均全治3か月。しかも、傷病手当は少ないし、入ってくるまでには時間もかかる。冬のボーナスは、入ってくるけれど、休んだ分だけちゃんとカットされてた。

複数人の子供がいれば、仕方のないこととは言え何かとお金はかかる。生活もギリギリ、入学準備もギリギリ。入学記念の写真を撮れなかったので、子供には悪かったなぁと思った。

会社の人からと身内から入学祝をもらって、どうにかギリギリ。正直なところ、ちょっと危なかった。

この数年後、再び小学の入学式を控えていた子供がいた。同じような時期にまた怪我をしてきて、数か月休むことになった。

3番目が生まれて3か月後のことだった。首も座ってない子供がいるし、夫がいると何もできないので入院をしてきてほしかったが、断固拒否。生命保険に入っているので、入院してくれたほうが給付金が下りるので、あとでどうにかなるものの家にいるんじゃしょうがない。
入学準備を諦めた。

その年は、やたらと家族が病院にかかり、医療費が家計をものすごく圧迫してた。傷病手当があっても全然足りないので、会社に事情を話して貸付を受けることにした。もちろん怒られたけれど。

入学準備は最低限で。机は知り合いからもらい、身内からの入学祝はお返し不要にしてもらい、会社の人にはお祝い返しをした。2度目のピンチも、周りの人の配慮でどうにか乗り切った。

3度目のピンチは、上の子2人の中学と高校のダブル入学だった。しかも、今度は労災ではなくて病気だったので、当たり前に医療費がかかるのが目に見えた。また、ピンチがやってきた!

入学費用を入院代に充てて、その場をしのいだ。保険の給付金が入るまでには、ちょっと時間がかかったので、正直なところ生活も危なくなってしまってた。入院代だけではなくて、雑費もかかるので、出費は半端じゃない。

児童手当が入ったのと、会社と身内からお見舞いをいただいたので、どうにかなった。その後、入学祝もいただいたので、なんだか悪いような気がしたが、それどころではなかったので、ありがたく頂きました。

周りの人のおかげで、どうにか乗り切りました。本当に助かりました。

なぜ入学を控えている時に、こうなるのかは謎です。
次は3番目の中学の入学か、2番目の高校入学だと思っている。

一人だったら死んでたかも

具の少ないスパゲティ人生最大のピンチを四人で乗り切りました。

自己啓発セミナーにお金をつぎ込み、やりたい事は今すぐやらなければいけないと好き放題して海外まで行ってました。今やりたいことがベストなんだ!やりたいことやって何が悪い?経験が全てだ!と勢いで決めてました。

帰ってきてから日本の社会になじめず、それまでしていた仕事も嫌々通う日々で我慢の限界。とうとう辞めてしまい、残ったのは300万の借金と収入源のない不安…この先どうしようという気持ちと、勢いで辞めてしまった後悔だけが残りました。経験してみないとわからないじゃん?と行動した結果、最悪な精神状態に。

一緒に旅行に行った友達メンバーも同様の状況になっていたため、すぐさま連絡をとってルームシェアを始めました。3DKに四人暮らしをしながら家賃1人一万五千円に。一つをリビングに、あと2つの部屋を2人ずつ分けて寝室にしました。

それまで一人暮らしで使っていた四人掛けのソファー、テーブル、ベッド、スツールからブランドのバックまでリサイクルショップに手放し、食費は四人で切り詰め、スパゲッティにマヨネーズと胡椒をかけて3日過ごす日もありました。

収入は主軸の仕事に休みの日は配送業者で流れ作業の仕事をし、時には夜勤も入り、睡眠時間4時間の生活もして2年かけて返しました。1人だったら心折れていましたが、みんなと一緒という気持ちで乗り越えられたと思います。

ある意味、お金についても良い経験をしたと思います。

大学生がギャンブルがハマったら

スロットの台

私はごくごく普通の女子大生で、田舎から都会に出て、一人暮らしをしていました。生活費はもちろん、学費の8割を自分で払うと親に約束していた私は、引っ越しですぐアルバイトを始め、生きるためにほぼ週7で働いていました。かけもちをいくつもしていたこともあり、生活に困ることはなく、授業料を払いつつも貯金もできるほどの余裕はありました。

しかし、ある日を境にその生活が一変します。それはスロットにハマってしまったからでした。きっかけは交際していた男性が無類のスロット好きであり、連れて行かれたことです。ビギナーズラックとはよくいったもので、私はただ彼の隣で右も左も分からない状況でスロットを打っていたのに三千円で六万円の大当たりを引きました。その日からその感覚が忘れられず、彼とのデートはパチンコ屋さんがほとんどに……。最初は2人でないと行くことはなかったのですが、1人で行くようになるまでにそんなに時間はかかりませんでした。

止めよう止めようと言いながら、貯金をおろしにいく毎日で、酷い時は学校を休んでまでも行くようになってしまいました。毎日1万円ペースでお金を使っていれば、貯金が無くなるのもあっという間です。私は授業料が払えなくなるまで、自分の異常さに気付くことができませんでした。気付いた時にはもう遅く、次回の授業料が払えるか分からなくなり、時給の高いアルバイトを探し、とにかく働くしかありませんでした。
今はスロットを止めて、アルバイトをしているので大分貯金が戻ってきましたが、スロットで使った100万近くのお金は今でも勿体なかったと反省しています。

幸せなお金のピンチが突然訪れた

ハートのリボンをもったピンクとブルーの鳥一昨年の秋に2年間付き合った彼からプロポーズをされました。

社会人2年目でお恥ずかしながら貯金もなく、大きな買い物をした分割の支払いがたまっていた私は戸惑いましたがなんとかなるだろうと考えプロポーズを受けました。ほんの少しあった貯金をはたいて両家の顔合わせ、婚約指輪のお返しをして翌年の春入籍をしました。

そうした事情があったので式は1年後に挙げるということで話がまとまり、1年かけて結婚資金を貯めることにしました。しかし、その矢先に妊娠が発覚。一緒に住み始めるためのお金、結婚式の費用、出産費用、育児用品と出費がかさみ、お金がいくらあっても足りないと感じていました。

まさに、人生のメインイベントが一度に来たような感じでした。主人も働き始めたばかりで考えが甘かったといえばそれまでですが、親を頼るしかなく母に相談したところ、母が私が生まれた時から結婚するときに渡そうと貯金をしていたことを教えてくれました。渡された貯金通帳を見て涙が出ました。

結果、結婚資金と出産費用は自分たちの貯金といただいたお祝い金でまかなうことができたので母からもらったお金は大事にとっています。いま、自分が母となり娘が生まれたので娘が結婚するときに同じように助けてあげられるように、まだまだ生活は苦しいですが少しずつ貯金を始めているところです。結婚、出産を経て母の偉大さに気づいた人生最大のお金のピンチでした。

このままで結婚式費用は足りるのか…?

ウェディングドレスの新婦結婚式を控えて貯金200万を目指したかったのですが、二重の手術、前歯の手術が結構な出費で目標金額ぎりぎり…。結婚式を地元で行うため、毎月1回は飛行機に乗っていたのでそれでもお金を使いました。

しかも私の仕事は塾受付という低所得職種でした。13:00~23:00まで働いて給料は15万前後です。仕事内容だって楽ではありませんでしたし、パワハラや保護者との付き合いなども大変でした。関東は家賃も高く、物価も高く…でも結婚式はケチりたくないということで節約も頑張りました。
でもそのままでは厳しかったため、私が転職することにしました。塾は昼からなので、朝転職活動をして昼から出勤できたのはよかったです。派遣でしたがよいところが見つかり、自給1600円で規則正しい労働環境になりました。これで給料はかなりあがりました。
そして食事です。前はお互い働く時間が違ったためお弁当や夜ご飯を作れず、購入することも多かったですが、転職してからはそれがなくなりました。既に一緒に住んでいた彼にもお弁当を作ることができるようになったので、昼食に500円使っていたのが0円になったと喜んでいました。休みの日はどこにも出ず、外食も控えました。

なんとか目標金額も超え、式の費用も支払うことができました。
やはり一番の転機は転職でした。女性なので派遣でも大丈夫ということ、彼が安定した職についていたので、転職に迷いがなかったこと、偶然いい待遇の職を見つけられたことがよかったと思っています。
今思うともっと早く転職しておけばよかったと思いますが、そうすると今の職場との縁もなかったと思います。これからも貯蓄を頑張っていきます。

スクーターによる人身事故で借金

スクーターの事故二十歳のころ、仕事終わりスクーターで帰宅途中、歩行者に接触する事故の加害者になってしまいました。
その日は雨が降っていて、道路に大きな水たまりがありました。それを避けるように被害者が道路中央付近を歩いていたのです。
時間帯は午後8時頃で周りはすっかり暗くなっていたため、被害者を発見するのが遅れ、避けたけれども肩に掛けていたランチボックスや水筒が被害者頭部に接触したらしく、救急車で搬送されることになりました。
怪我は大事に至らなかったのですが、まだ一年ほど残ってるはずの自賠責が切れており、任意保険も入っていなかったので、実費で医療費を負担することになり、通院治療費及び精密検査費など80万円ほどの医療費を病院側から請求され、月々5万円の分割にしてもらいなんとか支払いました。
被害者の通院が終わると同時に、休業補償、慰謝料、示談金も請求され、消費者金融3社から85万円を用意しやっと示談にしてもらえました。その後のローン返済は、病院側の治療費と消費者金融の利息を支払うのがいっぱいいっぱいで、完済までに8年ちょっとかかりました。
ちょうど今から、30年前の出来事ですが、利息ばかり支払っていて元金が一行に減らないので、苦しかったです。

大事な開業資金が消えてしまいました

株のモニター画面あれは私が独立を決意し、会社を辞めた直後のことです。
当時私はサラリーマンとして5年ほど勤め、ようやく開業に必要なまとまったお金を貯めることができたので、それを元手に雑貨店を開業しようとしていました。
会社を辞める前から店舗物件を探して不動産巡りをし、退職直後にようやく理想の物件を見つけました。すぐに契約。

契約時には保証金、礼金など200万円が必要でした。さらに店舗工事や初回仕入れであと800万近くかかります。つまり全部で1000万円必要になりますが、もともと想定していた金額なので特に問題ありません。
私は支払いの準備に取り掛かろうとしました。実は「まとまったお金」と言っても、この時点ではまだ「お金」ではありませんでした。
「株」でした。サラリーマンの給料だけではまとまったお金にはならないと考え、株式投資で資金を増やしていたのです。その株が時価1000万円相当あり、それを売って開業資金とする予定でした。
ところが、いざ換金しようとしたところ、ある事件によって株価が大暴落し約半分の500万円になってしまいました。もともと私にはお金を借りることの出来る人はいません。なので自己資金だけで開業しようとしていたのです。
まさかこんなことになるとは、夢にも思いませんでした。しかし、「ここでこの理想の物件を逃してはいけない」と考え、物件の契約に必要な200万円を払い、工事業者には必要最低限の内装のみをお願いし、あとは自分で手作りしてなんとか開業しました。
その後、お店が順調に回りだして余裕資金が増えたので、数ヵ月後に追加工事を行い当初想定した店構えになりましたが、
一時はどうなることかと思いました。