カップめんからふりかけご飯へ

ふりかけごはん私が学生時代は一人暮らしをして居て、後先を考えずにお金を使ってしまい生活に支障をきたしたことがあります。給料日に服を沢山買って友達と遊んでしまってから気づきましたが、時すでに遅しと言う状況でした。家賃、光熱費などを支払うと手元に3千円くらいしか残らず、その金額でまるまる一か月乗り切らなければなりませんでした。

その際に行ったことは自分が所有していた漫画やDVDを売ることでした。しかし、人気があるものでなおかつ新しいものでなければ二束三文。後はとにかく食費を切り詰めるくらいしかできません。朝ごはんは食べなくし、お昼はカップ麺一つで夜ご飯に関しては普段の時間に食べる事を諦めてスーパーで惣菜が半額になるのも待ちました。

揚げ物であれば元が100円ほどなので50円以下で買えました。その様な食生活を繰り返しましたが、後半はやはり所持金も減り厳しくなります。そのため、カップ麺を辞めて、百均でふりかけを買い昼、夜共にふりかけご飯で食べる生活にしました。救いだったのはご飯はしっかりとあったのでおかずを探すだけだった事です。他にももやしを買い炒めたり、茹でて醤油をかけて食べるなども行いました。もやしは安くてカサ増しが可能なので重宝します。皆様もお試しあれ。

仕事もなく携帯代も滞納

履歴書を記入する高校卒業前にバイトで働いていた作業服屋さんが突然倒産してしまい、給料未払いのまま倒産手続きをとる事になりました。従業員には封筒が届き、突然の解雇になるので未払い分の給料とまた別にお金がもらえるというものでしたが、倒産手続きの後になるという事ですぐにもらえるものではありませんでした。 卒業前という事で高校の友達との卒業旅行、また地元の友達とも旅行計画を立てていました。旅行のお金と普段の生活、遊ぶお金は勿論、バイトでの給料をあてにしていたので事情を話して母親にお金を借りました。

借りたお金を計算して使うべきでしたが、解放感からか、旅行で気持ちが大きくなって、ほとんど使ってしまいました。 卒業後はフリーターだったので働けばすぐに払えると思い、携帯代の未払い通知も無視。 借りたものでも手元にお金があるという安心感から、仕事はなんとなく探してるという感じで遊んでいました。

そしてとうとう、携帯をとめるという通知がきて初めて焦りました。携帯がとまると、仕事の応募もできなくなるし友達との連絡もとれなります。やっとバイト探しを本気でしました。しかし、バイトの面接と結果はまた別の日になる事、その間バイトを探した方が良いのか、結果を待った方が良いのかと悩み、結局面接には落ちて携帯がとまる前日になりました。

母親には一度お金を借りて、まだそのお金を返していなかったので携帯代の未払い分とバイトが決まってバイト代を貰うまでの生活費の分をもう一度貸して欲しいと言えずに、結局自分1人ではどうしていいかわからず消費者金融に行こうと考えていました。 でも未成年だったので、保護者のサインがいるかもしれないと勝手に思い、母親に連絡するしかないと考え泣きながら事情を説明すると、怒りながらもお金を貸してもらえました。 全部で15万ほど借り、バイトを見つけてコツコツ返していきました。

子供の学校用品の支払いでピンチに。

山積みの小銭毎月毎月、お金がギリギリで目に見えない出費が多々あります。そのたびに夫婦ピリピリモードになり、やっぱり何だかんだ言っても結局お金だなつくづく思います。 なんでこんなにもお金がないのか辛いです…。突然の葬式などは、なぜか不思議と続くことも多く、そのたびに何とか乗り切ってきました。

ある日子供の小学校の諸費用が迫っていたことを知らず、2日後までに持って行かないといけないということで、たかが五千円ほどですが、されど五千円、本当に給料日前でお金がありませんでした。かといって給料日後に遅れて持って行かせることはしたくありません。

夕飯のお金をケチり、もやしをふんだんに使った料理ばかりになりました(笑)お米はあったので、自分はおかずを我慢して米ばかり食べていました。貯金箱のお金で買い物をし1円玉5円玉をスーパーでまとめて出したりもしなければならず、とても恥ずかしかったのを覚えています。

その貯金箱には1円玉5円玉を少しだけ入れていたので数百円ほどしか入っていませんでした。そして、あとは不要品を探して集めてリサイクルショップで売ったりして、何とか給料日まで持ちこたえました。子供の学校のことに関しては未払いや遅れて払うことはどうしてもしたくなかったので、何とか乗り切れてよかったです。

自分の力を試してみたい…と脱サラしたが…。

彷徨うサラリーマン主人が「自分の力を試してみたい。試すなら今が最後の機会だと思う。」と、7年前に脱サラしてフリーで仕事を始めました。 まだ当時は子供も幼稚園と小学校2年生だったので「今ならまだ応援できる」と思ったのですが…。 人生そんなに甘くないですね。

自分で営業して仕事取ってきて、自分で働いて。契約取ってきてもそれが終了したらまた探す。それの繰り返しですから大変です。主人が会社を辞めてから5年位は私が独身時代に貯めていた貯金を切り崩し ひとりで全部するなんて大変ですから会社は分業してるんですよねぇ。 「なんでもして稼いでくるよ」って言っていたのに、疲れちゃってそれどころではありません。 て生活してきましたが、もう底をつきました。

子供も大きくなって、どんどんお金がかかるようになってきて大変です。 主人も自分で限界を感じたのか、2年前に「就職する」と職探しを始めましたが…未だに仕事が決まりません。2年も探して決まらないんです。私も5年前からパートに出て働いていますが、周りに誰も頼れる人が居ないので子供関係は全て私がやらなくてはいけないためにフルでは働けずにいましたが、もうそんな事は言って入られないのでフルで働きます。もっと稼げる仕事も探します。 収入を増やすしか生きていく道はないので働きますよ。

乗り越える事が出来ませんでした

スロットのボタン結婚してから、常に毎日毎秒お金のピンチでした。 あまり付き合わないで、あまり考えないで、勢いで結婚してしまったんです。 旦那はギャンブル好きで、ギャンブル全般はもちろん、結婚前から、かなりの額の借金をしていたらしく、私には隠していました。 しかも、金融会社だけにとどまらず、親戚関係からも借金をしてて、その親戚は結婚してから私に請求してくる始末でした。

何度も転職をしていましたが、なんとか仕事はしていました。 しかし、給料日のその日に、給料全額をギャンブルに使われた時もありました。 さらに最悪だったのは、私の財布や、物にも手を出していた事です。 財布からお金を抜くのは当たり前、売れる物は勝手に売られていました。 そんな生活を続けていたら、家賃や光熱費などを払えるはずがありません。 家賃は滞納が続き、電気、ガスは止められました。 最終的には、水道も止められました。 ここまできたら、もうどうしようもありません。

乗り切ったというより、旦那から逃げました。 離婚して、関わりを絶ちました。 結局その後、旦那も夜逃げ同然で出て行ったようです。裁判を起こされる前に、自己破産をしたらしいですが、もっと早く離婚すれば良かったと後悔しています。 自分名義ではありませんでしたが、もちろん、自分の責任でもあるのに、申し訳ないと思っています。 結局、ピンチを回避したわけでも、乗り切ったわけでもありませんが、最大のピンチを経験した話でした。

インフルエンザで予定外の出費が

薬とコップの水今年に入ってすぐの話です。 一人暮らしを始めて一年半ほどが経ったある日、体調を崩してその日は会社を休む事にしました。熱もあったのですぐさま病院に行ったら、なんとインフルエンザA型にかかってしまっていました。 ショックとびっくりのあまり会社にも行けないとなると休んだぶんの給料も減ってしまう、などカツカツ生活はすぐに想像できました。

幸い親が何日か来たくれて生活には困りませんでしたが薬代と診療代でかなり余計な出費が出てしまっていたので、残りはお給料が入るまで節約生活をと考えていたら、今度はインフルエンザ完治したかどうかがわかる診断書も会社に提出しなければいけなくなり、病院に再度行ってそれをもらうのに3000円ほどの出費がありました。

来月のお給料も計算したら、それほど手取りでは貰えず、クレジットカードの引き落としとも重なり、とてもじゃないけど足りない状況となってしまいました。貯金を下ろそうかすごく悩みました。 親にこの事を話したら今回は大目に見てあげるよということで足りない分を立て替えて貰えることになりましたが、これが人生最大のうちのピンチな出来事でした。 実家にいた時もこういうピンチはありましたが一人暮らしは自己責任な分、生活もある為全てを削るわけにはいかず大変な思いをした出来事です。

後悔はしていませんが、フリーズしました

おしゃれなインテリア私が生きてきたなかで人生最大のお金のピンチは残高が0円になってしまったときです。今から4年ほど前になりますが、一人暮らしをしたいと思い、両親の反対を押しきって勝手に一人暮らしをすることに決めました。そしてどうしてもマンションに住みたくて15階建てのマンションに住むことにしました。

アパートよりもマンションの方が家賃は高いですし、さらに駅近にしたためもっと値段が上がってしまいました。でもその時は妥協は出来なかったのでとても満足していました。一人暮らしは初めてなので、最初から全部揃えなくてはいけません。家電品、ベット、テーブル、テレビ台、カーテン、電器などその他もろもろです。買うものすべてにこだわりました。自分の好きなデザインのものを高くても揃えました。

お陰でフレンチ風のとてもかわいい部屋を作ることができましたし、自分の部屋で過ごす時間がとても好きになりました。思いきって一人暮らしを始めてみて、自分だけのためにお金を使うことができてすごく嬉しかったし、楽しかったので後悔はありません。しかし、一人暮らしでは予想以上の出費があり、銀行のお金の残高が0円になってしまったときは、どうしようもなく一ヶ月分の生活費を両親に助けてもらってなんとか切り抜けました。

軽い気持ちのエステローンで大変なことに

エステサロン20歳、大学生の私はお肌で悩んでいました。ある日、某エステサロンから電話が。軽いアンケートに答えた所、無料で体験ができるとのこと。まだ甘い話の裏には罠があるとは知らない私は、肌の悩みのこともあり、無料体験を受けに行きました。まずは、今の状態がヤバいことを機械を使って説明されて、その後一通り、フェイシャルコースを受けました。最後に施術の説明をされ、2時間に渡る勧誘が始まりました。ローンを組めば月2万。施術と化粧品の合計50万ほどのコースだったと思います。

バイトをしていて、実家暮らしだったので、2万なら払えるとローンを組みました。そこからが転落の始まりです。通ううちに、化粧品を勧められたり、セルフエステの機械を勧められたり、コースが終わっても、新しいコースがあると言われ…まだ子供な私は断れず、全てローンを組んでしまい、月々の返済額は7万円になってしまいました。やがて就活が始まりバイトが思うようにできず、返済に困るようになります。

親に相談すれば良かったのに、頼った先はデパート系のクレジットカードのキャッシング。限度ギリギリの自転車操業の始まりです。若干22歳で、頭の中はお金のことばかり。稼いでも返済に消えていきます。暗いキャンパスライフを送っていましたが、友達がとても良いバイトをしているというので紹介してもらいました。ネットキャバクラというものです。今でいう、チャットレディのようなもので、私の時給は2000円でした。とにかく深夜まで働きまくり、半年で借金返済しました。そして数年後、過払い金を請求し、70万円ほど返ってきました。

退職後に押し寄せるローンと住民税

空の財布20代で2度、正社員を辞めた時に大きくお金のピンチになりました。1度目は短大を卒業して4年勤めた会社を転職したのですが、その転職先の人間関係に悩み3ヶ月で辞めてしまいました。その当時、新車を購入したばかりで毎月5万のローンがあり、それに加え、4年勤めた時の年収からの住民税がかなりの負担となりました。転職後、3ヶ月で辞めた自分には貯金にも余裕がありませんでした。

失業者として失業者手当も考えたのですが、3ヶ月も何もしないでいる余裕もなく、アルバイトでなんとかつないでいました。最初の職では退職金代わりの持ち株を現金に換えましたが、アルバイト代で足らない分を補っていたため、すぐになくなりました。実家暮らしだったので食費や住宅費などなかったのがせめてもの救いです。

2度目は、アルバイトから正社員の職をみつけ採用されましたが、その正社員も1年半で辞職したあとです。この後は失業手当をもらおうと思い、アルバイトもせずに貯金をひたすら崩していく生活でした。もちろん車のローンもあり、退職金も出ないので、次の職につくまでには貯金はほぼ0になってしまいました。幸いにも失業手当をもらえる3ヶ月を迎える前に、また、正社員としての職につけたので、その分の手当がもらえたので少し貯金に戻す事が出来ました。

家賃が払えなくて自尊心が砕け散った件。

請求書をみて驚く女性20代前半の頃、正社員として勤めていた会社を辞め、フリーター生活をしていました。フルタイムで働いても、所詮はアルバイトなので月収は手取りで12万円程。当時は一人暮らしで家賃は4万円。家賃は月収の3分の1以下が理想とはよく言ったものですが、特に贅沢をせず切り詰めて計画的に生活をしていれば問題はなかったのだと思います。

アルバイトとはいえ、働いている大人であるのだからと見栄もあって、初めてクレジットカードを作りました。どんなに買い物をしても、その場で手持ちの現金がなくならないという便利さを覚えてしまったのが運の尽きでした。もともと物欲が強くストレスに弱い、我慢ができない子供じみた性格が災いして、クレジットカードを多用してしまったのです。

毎日の食費や日用品をはじめ、ストレス解消のための洋服や化粧品などの購入もほとんどクレジットカードを使用するようになりました。さらにキャッシングにもATM感覚で安易に手を出してしまったため、月収12万円のフリーターでは払いきれない程の請求が毎月来るようになり、支払いが滞ることもしばしばで、ストレスのはけ口であった買い物もできなくなった私は軽鬱にまでなりました。

私の変化に気づいた両親が、実家に戻るように促してくれました。実家に戻ったことで、一人暮らしでかかっていた家賃や生活費から解放された私は、浮いたお金を返済に回すことができるようになり、キャッシングも合わせた延滞金を無事2年弱で完済することができました。クレジットカードはとても便利なアイテムですが、使い方を誤れば自分の首を絞める凶器にもなりかねない危険なものです。計画性の大切さをこの一件で学び、今ではきちんと無理なく使用しています。あんなに苦しい思いをするのは二度と御免ですが、苦くもいい経験をしたと思っています。